#18

デザイナ会社員の人生デベロップメント。覚醒し続けるプロセスを気ままに。

反論をしなくなるクセについて

「意見を言っても意味がない」という心境になりそういう行動をとることが多いので、この考えを記録するために記録的に書きました。
何年後かに読んで「若いなー」と思うのかもしれません。

前提として、自分は自分を大切にしているし、自己肯定感はたっぷりあると思う。自分探し的にくよくよしたり、病んだりするフェーズは二度と来ない自信がある。気がする。
「意味がない」というのも、いじけて言っているわけではなくて、「ああ今日は最高気温が低いのかー」みたいな無感情の気分とテンション。 だからこそ、意見を言わなくなることが逆に不思議だなと思うわけです。

大人になるといろいろ知り得たような気になるけど、
わたしが想像しうる“全体像”なんていうのは、きっととても狭い。
よくよく勉強して、気づきをたくさん得て、視座が高まっていったとしても、わたしが見えている場所なんて常に何かの一部である。
気付いていない部分があるということに気付く。それを何度も経験する。ということを繰り返すだけで、それの回数を増やすということが行き着きうる最高の場所なんだと思う。
別につまんなくないよ。見える景色が変わるのはとても楽しいことだと思う。

常にわたしが語る見解って、何かの要因を前提とした特定の状況次第のことなのだ。
世の中にあふれる成功法則も、もしかしたらそうなのかもしれない。

そういう考えがあるから、自分の思考や発言の精度を疑ってしまう。
謙虚なのか逃げなのか、全部が不毛な議論な気がして、なにも言えなくなってしまうし、なにも言えないことを明るく前向きに受け入れてしまう。
それが現状。

どちらがいいとか悪いとかの議論は意味がなくて、そういう場合は “どちらが正しいか” じゃなくて、“どういう状況か” “どういう相手か” の方が論点なのでは。
全部見えてるひとも、絶対的に正しい普遍的な答えもないよ。
そうするとなにも言えなくなりませんか?

いつかなにか折り合いがついて、無駄で不完全な自分の思考も、手段や道具としてうまく使えるようになるのかな。 そうなりたいので今日も本を読み、悔しさを味わって、気付かないということに気付きたい。

多種多様な経験をしてさまざまな変数を持つ人のほうが説得力があるし、
多くのサンプル数を持って語る人ほど、パターンが見えていて抽象度が高い。
抽象度が高いと、細かいことに惑わされなくなり、メンタルも安定するし、何かの問題を乗り越えた経験から得たものを、違う問題にも応用することができる。
できるだけこういうひとになれば、いろいろまとめて解決してくれるんじゃないかと思ってるの。

そうすると、自己肯定感があっても自信がないのかもしれないな、 要するに回避行動なんでしょうね。

結論というか、とるべき姿勢としてはたぶんこういうこと。
自分のものも誰かのものも、意見というのは無意味なわけじゃなくて、そこにいるひとの思考を言葉にして表明して、それらを集めて手札にして最適なものを選んで少しでも現実を前に進めるしかないんだなー。

今日そんなことがあったので衝動で書きなぐり、だいぶ粗削り。