いじけないことですよ

長いあいだ密かに支えとしている言葉・考え方があるので、それについて書いてみたいと思った。

「いじけないことですよ。」


大学生の頃、東京でひとり暮らしをしていた。貧しかった。

当時、親との関係はあまりよくなかった。無理やり家を出たので、仕送りもなく、奨学金を借りたり自分で稼いだりしてなんとかした。常にギリギリで、バイトのシフトが1日減れば食料品が買えなくなる、みたいな感じだった。

そうしてるうちにいろいろあって、授業にもバイトにも行けなくなり、ひとり暮らしを続けられなくなって、ついに実家に移ることにした。

もともとお金がなくて大した家財道具も持っていなかったので、特に気に入ってた家具だけ宅配便で送り、ベッドや自転車は処分した。
残った服や文房具や電気スタンドなんかをIKEAの大きな袋にパンパンに詰めて、ガムテープでぐるぐるとめた。
引っ越しというにはずいぶん少ない荷物。とはいえ、これを抱えて混雑した普通電車に乗るにはデカすぎる。
その頃は人混みでよく過呼吸になってたので、無いお金をなんとか捻出して特急に乗った。


その日の特急は混んでいて、わたしの隣にはスーツを着たおじいさんが座った。

どういうきっかけだったか忘れたが、乗っているうちにその隣のおじいさんと少し話をするようになった。
乗車時間1時間。
おじいさんは、自分の経営している会社が東京から少し遠くにあって、今はそこに向かうところだと言っていた。アーティストでもあるらしく、スケッチブックに描いた絵を見せてくれたりした。

ずいぶん達観していて、頑固さのない非常に穏やかな年配者に見えた。
それで、この人なら何かを知っているかもしれないと思って、その時の自分が最も難しいと感じていたことについて聞いてみた。


「どうしたら、楽しく生きていけますか?」


「楽しく」だったか、「気楽に」だったか、「楽に」だったかは正確には覚えてない。

ただ、若者らしく、人生をもっとエンジョイしたいんですけど〜!という感じではなかったことは確かだと思う。
大きな袋に生活用品を詰め、覇気のない顔で、東京からどんどん離れていく特急に乗っている若者である。ただごとではない。

わたしはそのときは無理に明るく話していたような気もするけど、たぶん、人生に疲れていて、心底うんざりしていて、どうにかしたいと思っていたことは伝わったんだと思う。


「いじけないことですよ。」


と、おじいさんは言った。
その後、なんの会話をしたのかまったく覚えてない。

それからしばらくのあいだ、この言葉を頻繁に思い出していた。今でもたまに思い出す。
いじけないことですよ。

もう何もかも不幸だ。
たぶん世の中を牛耳る悪の組織のせいだ。
幼少期の経験のせいだ。
性格がこんなんだから、そのせいだ。
普通は疑いもなくできるようなことを、自分はできなかったせいだ。
みたいなことを考えているときに、ふと思い出す。
いじけないことですよ。

あーやべやべ、
今、いじけコース入りかけてたわ。

別に落ち込んでもいいと思ってる。傷ついてもいいし、打ちひしがれて絶望してもいい。前向きとか、やる気とか、明るさとか、そういうのも別になくていい。

いじけてもいいんだ。
いじけていたら、それに気づいて、やめてみることにしている。


「いじける」という言葉を辞書で引いた。

いじ・ける(動下一) ①寒さや恐ろしさのためにちぢこまって元気がなくなる。「寒さで体が—・ける」 ②消極的で,おどおどしている。また,ひねくれる。「—・けた字」「𠮟られてばかりですっかり—・けてしまった」 出典:大辞林

また、

ひね く・れる 【捻くれる】(動下一)
 ①まがる。ゆがむ。「—・れた枝ぶり」②性質が素直でなくねじけている。「—・れた考え方」 出典:大辞林

なるほど。

個人的にはこのように捉えている。

いじける 過去の経験や、それによって生まれた被害者意識を強く持ち続けて、その中に自分を置き続け、ものの見方や態度まで固めてしまうこと。 出典:自分


わたしはこれまでの人生で、
「あそこでいじけることもできたのに、いじけなかったな」と思うことが結構ある。
大きなことでも些細なことでも。

そういうことがあるたび、自分の足元に5ミリくらいの薄いレンガを一枚ずつ敷いてきた感じがしてる。 今振り返ってそう思うだけで、後付けだけど。

あの時も最終的にはいじけないことにした。じゃあ今回も、大丈夫じゃなくなっても、まあたぶん大丈夫だろう。わからんけど。
みたいな、ささやかでひんやりした安心感みたいなものだ。

一枚一枚は薄くても、何度も敷き続けていると、気づけばそれなりに固い地盤ができているんではないか。
このところはその上に立っているので、わたしは大丈夫だろう、と思える。

自分では選べなかった環境のせいにして、一生自己憐憫の中で生きることもできた。
誰かにひどいことをされた時、その人のせいで自分の人生はこうなったのだと思い続けることもできた。
不当に扱われた時、そこでずっと恨み続けることもできた。

別に怒らなかったわけではない。普通に怒ったし、傷ついたし、絶望もした。今でもハァー?と思っていることはたくさんある。
でも、それといじけることは別だと思っている。

いじけなかったから強くてえらい、と言いたいのではない。
いや、実際、何年もいじけてたことはあるし。
でもそれだと、生きて生活してるのがとても不快なのだ。
「いじけない」というのは、どうせ死ぬまで生きるなら自分の納得や快適を得たいという取り組みであり、生活上の指針なんだ。

自分に何が起きるかは選べないことのほうが多い。でも、それに対してどういう態度を取るかは、自分で選ぶことができる。

どういう態度で生きるかは、むしろ自分にしか選べない。誰かに代わってもらうこともできない。
それは結構現実的でつらく厳しいことでもあり、逆に、非常に自由なことでもある。言葉にすると簡単だけど、どんなにつらい時でもいじけないでいるには、結構な胆力がいる。そんな力が残ってない時もある。
だから、気が済むまで鬱々として暮らしてもいい。ただ、最終的にはいじけるのをやめると決めている。
そして、あれ、いじけてたわ。いじけて生きるの不快だわ、って気づくと、気づくだけでちょっと楽になる。


わたしはちょっと変わっているかもしれないが、物心ついた幼い頃から、なぜ生まれて生きるのか、なぜ自分がここにいるのかということに強く興味があり、それをずっと考えてきた。
あの特急に乗った日も、おそらく同じことを考えていた。

それからもかなり長いこと考えたり、調べたりして、最近は、そもそも人間には答えを正確に捉えられない問いなのかもしれないと思っている。
真理なんてものはないのかもしれないし、あるけど人間の感覚器官や思考構造を前提にしたらリーチできない代物なのかもしれない。

わからん。
すごい。こんなに長いこと考えて、わからんということが強烈にわかった。
でも、これについても、いじけないでいることはできる。

死んだあとに真理がわかったとする。実は、宇宙というでっかい意識体が自分の完璧な完璧さに飽きて、自分自身を細かく分けて魂にして、それを生物にひとつずつ乗せて遊んでいる巨大なシミュレーションゲームでした〜、とかなんとか判明したとしても、まあ、いじけない。
逆に、生物が生まれて存在することに何の仕組みも意味もなかったとしても、いじけない。

かなり汎用性が高い。実用的だ。

今になって思うと、あのおじいさんは、わたしに希望を持たせようとはしなかった。
まだ若いんだし、これから生きてればきっといいことがありますよ、とか、生きることは素晴らしいですよ、とか、そういうことは何も言わなかった。

わたしは、どんなにいいことがあるだろうと考えるよりも、底の低さがわかったほうが安心する。
希望を持たせられるより、実際にこれ以上は悪くならないと思えたほうが力が湧いてくる。

そう考えると彼は、底の扱い方を教えてくれたような気がする。


やがて実家の最寄り駅に着いたので、「失礼します」と言ってわたしは特急を降りた。
おじいさんはまだ先まで行くので、そのまま乗っていった。

だいぶ高齢の男性だったので、もう現在は生きていないかもしれない。名前も知らない。お顔も覚えていない。その後会ったことも見かけたこともない。

自分はあんな状態だったのに、知らない人と話す勇気が自分の中に1ミリでも残っていたことに、今となっては少し運命的なものすら感じる。

おじいさんにとっては、特急でたまたま隣に座った若者とすこし話しただけだと思う。記憶にもなかろう。
でも、わたしは今でも使っていますよ、その考え方。


ところで、あの当時ほとんどの家具を処分したが、一脚のイスだけは残った。

ヴィンテージショップまで見に行って、本物だと思って買ったイームズチェアだった。しかし、あとからどうもリプロダクトらしいとわかった。

なんだよがっかり。

でも、本物だと思っていたイスが本物ではなかったからといって、別にわたしにとっての価値はなくならなかった。

というか、本物だったら当時、金に目が眩んで売っていた気もするので、リプロダクトでよかったのかもしれない。

ちなみにこのイス、今も毎日使っている。