純粋に人生を楽しむことをしてこなかった者の、ゲームと漫画の話

純粋に人生を楽しむことをしてこなかった気がするわたし、30半ばにしてゲームと漫画に傾倒しており、めちゃくちゃ楽しいです。

10代後半〜30代前半は、社会的成功の意味での「成長」や、役に立つかどうか、効率がいいか、お金になるかどうかばかりにとらわれて生きてきた気がする。それらに当てはまらないものは、無駄として排除してきてしまったのだ。
そういう偏った情熱のおかげで、仕事をうまくやってこれた部分はあるので、役に立ったのは事実。だけど、なんだか最近自分つまらんな、人生飽きたな、みたいに思っていた。

仕事優先(そんなにバリバリやってきたつもりないが)でがんばってきたせいで見向きもしなかったものを、最近やっている。子どもの頃はもともと好きだったことを思い出した。ゲームと、漫画だ。


スプラトゥーンにずっとハマっている

ゲームに関しては「スプラトゥーン3」にハマっている。ずっと言ってるけど、まだまだハマっている。

最近は対人戦ではなく、仲間と協力してシャケをしばきまくる「サーモンラン」に熱中。 先日やっと3つめのステージカンストができた。(カンストとは、難易度レベルを表す数値が、「でんせつ999」にいくこと。3wave1セットで、1セット勝利につき20ずつポイントが上がっていく)

カンストすると、そのステージの金バッジがもらえて、ゲーム内のネームプレートにつけることができる。ネームプレートには3つのバッジスロットがあり、カンストバッジで埋めてみたいなと思ってたので、これで達成した。

右下の金のやつ

「スプラトゥーン3」は1700時間以上やっているようだ。いままでもゲームは好きだったが、操作が簡単なポケモンやどうぶつの森しかやったことがなかった。
なにか難しいアクション系ができるようになりたいと、2022年秋にスプラ3から始め、特訓し、1年(プレイ400時間くらい?)でXマッチに行けるようになった。スクリュースロッシャー、デュアルスイーパー、バレルスピナーが持ちブキ。
そのあと、なんとなく人が撃てなくなり、オンライン対戦はあまりやらなくなった。オンライン協力のサモランばかりやってる。

あんまり熱中してると猫が割り入ってくる

2025/05/28で、スプラトゥーンシリーズ開始から10年経ったらしい。わたしがまともにプレイしたのは「スプラトゥーン3」からだけど、キャラクターデザインや世界観が大好きな作品だ。

10周年特集が載ってたファミ通1900号を買ってきた

「スプラトゥーン」は、当時働いてたITスタートアップの会議室で、ゲーム好きのメンバーが集まって遊んでたところに巻き込まれたことがきっかけだった。順番にコントローラを持たされたが、操作が難しくてまったく動けず、「自分にこういうのは無理だ」と思った。ブキはローラーで、ステージはモズク農園だった気がする。

「スプラトゥーン2」は、当時夫がハマってるのをうしろでずっと見てて、音楽や世界観に惚れこんだ。自分もZAPを持って20時間くらいやってみた。しかし、よい動きにはほど遠く、奥が深いものとも知らず、うまくなる気配すらなかったので早々にやめてしまった。スペシャルウェポンのインクアーマーを意味わからないところで発動して怒られ、しょんぼりし、以降は夫のプレイを見てるだけにした。ははは。

「スプラトゥーン3」こそ上手くなろうと意気込んでハマり、現在に至るよ。途中1年間まるまる仕事を止めてた時期があり、その時もスプラトゥーンに精神を支えられていた。スプラトゥーンがあったから心が守られ、回復した。

「鋼の錬金術師」を読んだ

ゲームから変わって、こんどは漫画の話。

「鋼の錬金術師」が急に気になって、27巻全部読んだ。 本当に面白かった。今まで一番面白いと思ってた「HUNTER×HUNTER」を上回るくらい好きかもしれない。

(以下感想で、多少のネタバレ含みます。)

序盤から終盤にかけてずっと、丁寧にかつテンポよく伏線回収されていくところが気持ちいいし、キャラクターの微妙な心境の変化などの描写が緻密で、読んでいるこちらもかなり心臓が揺さぶられた。

一度消えたと思っていたキャラクターが再登場するシーンも、便利な飛び道具的な扱いではなく、主人公とは別の場所で時を過ごし、しっかり成長して戻ってくるような。その再登場の状況にジャストな理由とタイミングだったりして、パズルが合うような感覚だった。 キャラクターは多いが飽和している感じもなく、全員がしっかり自分の立場と役割を果たして、他キャラクターの人間関係と綿密に連携して支え合い、役に立ち合ってる。

悪い方のさらに悪い方に物語が展開するが、予想もつかないようなアイデアで突破していくのも痛快だった。 ハガレンに出てくる女性はみんなしっかりしていて強くていい。あとね、恋愛描写がほぼ無なのでそれも好みだった。仲間しかいないんだよハガレンには。

「HUNTER×HUNTER」の時もそうだったけど、ハガレンを読んだことで、同年代もしくは少し上の人が使うミームがよくわかるようになったというオマケがある。名作を読んでおくと共通の話題も増えておもしろい。ミームの原典に触れることでしか得られない栄養があるなあ。

ロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉のペアが最初っから最後まで好きだ〜〜 あとリン・ヤオがいいキャラしてて好き


そういえばこの本。
「手段からの解放」國分 功一郎

自分に価値をつけるための「記号」を「消費」するだけだと、際限なくて疲れるから、純粋にそのものを「享受」できるようになりたまえよ、といった内容だった気がする。おもしろい本だった。

現代社会は生を第三象限に還元し、これを目的のための手段と完全に等しくすることで、主体が形成される機会そのものを人びとから奪う。目的によって駆り立てられ、何もかもを手段と見なす生とは、もはや主体が存在せず、経験する能力そのものを奪われた生ではなかろうか。

(第三象限:著者がカントの著作を元に定義した、 間接的に善いもの:設定された目的にとって手段として有用なもの。内容(生存、安楽な暮らし等)目的-手段連関 とのこと。詳しくは読んでみてください)

急に社会問題的な話出してすみません。
ゲームも漫画も消費の一側面はあると思うので、何が悪だとか善だとか言えるものではないが、向き合う対象がなんにせよ、ただ純粋に楽しむという姿勢や感性を持つことが人生を楽しく過ごすコツなんだろうなと。

なにかを好きと感じ、なにかに熱中できるということ自体が素晴らしい。 一時期でもそれを感じられなくなってしまった人、ただ楽しむことすら許せなくなった人なら、これがきっとわかると思う。

今ただ、ゲームと漫画に感動し、享受していると思う。