「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」を見に行きました

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202410_conran.html

2024年11月下旬、「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」を見に行きました。

www.ejrcf.or.jp

場所
東京ステーションギャラリー(東京駅)
会期
2024年10月12日(土) 〜 2025年1月5日(日)

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」をサクッと午前中見に行って、立ち食い寿司つまんで、本4冊買って、東京駅の銀杏見て帰ってきました。

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」

ステーションギャラリーの外観。

基本的に撮影NGだったけど、ここのコーナーは撮影OKだった場所。

いいなと思った言葉。
最近同じようなこと思ってた。身近な楽しみやささやかな喜び・ときめきをたくさん集めて、心の支えに生きていくんだなあとか。

あと別の場所にも、「私たちはみな、ある意味、デザイナーである。we are all, to some extent, designers.」という言葉もあった。
私は職業がたまたまデザイナーだけど、この言葉に共感した。
デザインは単に職業の枠に収まるものではなく、日常生活の中で私たちが意図的に何かを形にする過程そのものがデザインであるとも言えるなと。
私自身も同じように考えてて、デザイナーと名がつかなくてもあらゆる人がさまざまなものを意図し、計画し、形にしているのだと考えると、本当にその通りだと思う。自由に物事を進める力がある一方で、それが多かれ少なかれ社会に影響を与えるという責任があるという意味だと感じた。自分の行動や選択が他の人や社会にどう影響を与えるのかを意識しないとね、と改めて思うなど。

めちゃくちゃいいなと思ったドローイング。こういう、線画が整然と並んでいる様子がたまらん。

「簡素の美」。コンランのデスクにあったのかな。

ミニチュアのイームズチェアがかわいい。

コンランショップの紙袋になっていた柄だ

東京駅の内観などなど

立ち食い寿司

長く外出すると疲れてしまいそうだったので、東京駅周辺だけ寄って帰るつもりだった。サクッと食べられそうなもので、寿司の口だったので、丸の内オアゾ内の「根室花まる」へ。

おすすめ5貫セットと、鯛のあら汁を食べました。イカが美味しすぎたので追加でイカも。

東京駅周辺のイチョウを見ました。ちょうど見頃だった。

ミュージアムショップで買ったもの

家に帰って、買ってきたものを見る。図録可愛い。装丁が上手すぎる。

こういう、鮮やかすぎて視神経にビリビリくる系のブルーが大好きなんです。

美術展トートを買ってしまう病気だ。
これ可愛すぎるので、ボロくなったらクッションカバーにする。

これは裏側。裁縫ちゃんとしててよかった。生地も厚めだ。いままで買った美術展トートの中で一番しっかりした作りだったのでちょっと驚くなど。

パンフレット

当日券買ったときにくれた小さなカード(左)

丸善で本も直感買い

立ち食い寿司のあとに、丸善に行った、気分でピンとくる本屋でも見ようとうろうろ。

本屋の奥の誰もいない棚で、背表紙眺めながらとぼとぼ歩いてるの好き。空母の写真集とかさ。 一人で本屋うろついてるときにじわじわ幸福感がせり上がってきて胸がいっぱいになった。

この日は、谷川俊太郎さんがちょうど亡くなったと知らされた直後だった。

おしまい

見た展示の所感や、考えたことなど。

身の丈のデザインはいいな

  • テレンス・コンランの若い頃は、陶芸のろくろや窯を自作して、作った食器を近所に売っていたらしい。当時、インテリアショップなんかなかった時代だ。
  • 田中一村さん(前回の展示の記事)もそうだけど、自分の作品を近所や世話になった人に売ったりあげたりして、ものづくりや芸術で役に立とうとか、豊かになってほしいという気持ちが身近な範囲から広がっていて、利他的だし身の丈感があって良いなと思った。
  • 最近だとインターネットで色々な人の活動がすぐ見られるから、どうしても比べてしまって、創作意欲がなくなったり、手法を真似したり、バズを狙ってしまったりする。そういう、自分の手に負えないレベルの規模感には本当は慣れたくないのに、巻き込まれている感じがして、広すぎて息苦しいなって感じることがある。
  • 身近な人を喜ばせたいというところから関係や雰囲気を作って地道にやっていく方法は、現代でもありそうな気がしていて、そっちの方が好きだなと思う。
  • テレンス・コンランは最終的にはライフスタイルを提案するビジネスとして多岐にわたって成功を収めたけど、最初は自分で手を動かす喜びを感じながら、周りの人を喜ばせていたのかもしれない。

デザインは装飾のことだけではないのだと

  • デザインが生活の質を良くすることを信じてやまなかったコンランは、デザイン教育がずっと必要だという信念を貫いた。
  • 「デザインが生活を豊かにする」という言葉だけだと月並みで陳腐に聞こえるかもしれないけれど、美しいものに触れたいとか、機能美に感嘆することって、人間の感性の根本にあると思うから、シンプルで美しいものをこの世にもっと増やしていくことには私も願うところです。
  • その意味で、「どの人もこの世に何かを表現している」という点において、どの人もデザイナーなのだというコンランの言葉は本当にその通りだと思う。特殊なスキルや職業としてのデザイナーじゃなくても、生み出すものに多かれ少なかれ社会的影響がある。心地よさと共に、緊張感のある責任を感じる部分だなと思う。

長く生きるのもいいかもしれない

  • テレンス・コンランは、2020年9月に88歳で亡くなった。先日の田名網敬一さん(前回の展示の記事)と同じ年齢だった。長く生きて年を重ね、世の中を見つめながら過ごすのもいいなと感じた。

変化へ柔軟であること

  • 時代の潮流から絵柄が変わったり影響受けた人の作風に寄ったりもしている。テレンス・コンランに限らず、いろんな美術展でそのことを感じて、絵柄や作風が変化してもいいんだというところにホッとする。
  • コンランは25歳で事業を立ち上げてから、移転や改名を繰り返してきたらしい。初志貫徹が理想だと思いがちだけど、時には柔軟にやっていくことも大切だと思えて、少し人生に対する緊張が緩むような気がした。